大和田四丁目バス停留所

またものすごくローカルな話題で恐縮です。看板とは全く関係ありません。
2014年3月末で大阪市営バスの停留所が路線変更の為にいくつかなくなりました。その廃止になったバス停留所のうち、私が個人的に思い入れのあるバス停である「大和田四丁目バス停留所」の写真を何枚か撮っていたので(ガラケーでの撮影ですが)主に地元の方向けにこの記事を書きます。

「大和田四丁目バス停留所」は、かつて大阪市営バス93号系統(福町‐井高野バスターミナル)で使われていたバス停ですが、2014年3月末日でこのバス停は廃止になりました。
十三方面へ行くときには、このバス停から乗ることが多かったのです。
そもそも出来島や大和田から十三へ行く公共交通機関は阪神で梅田へ出て(兵庫県尼崎市にある尼崎駅経由です。このことは『阪神電車なんば線出来島駅から梅田に行く時』に書いております)阪急に乗り換えて行く方法か、あるいはこの市バスかのいずれかしかありませんでした。
今はそのバスの路線が廃止になったので尼崎・梅田経由でしか行けません。
時間的には待ち時間を合わせるとおそらく電車の方がいくぶん早かったのだと思います。だいたいの到着時刻がわかるというのも利点かも知れません。
ですが、何と言うのでしょうか、繰り返しになりますが、出来島から電車で行くとなると、神崎川・左門殿川・庄下川(兵庫県尼崎市)・庄下川(2回目)・左門殿川(同)・神崎川(同)を越えてから、淀川を2回渡るという、かなりの距離を移動するわけです。越えると言っても電車に乗っているのですからべつにつらいわけではないのですが、不便な気持ちになってしまうわけです。
一方バスを利用すると、第一に料金が安い。電車に比べると2/3くらいで済みます。
それと、淀川通り一本で行くというのがいいわけです。バスなのでよく止まり、確かに時間はかかるのですが。
それと待ち時間が結構あり、一時間近く待つこともあったりしました。
こちらの方が不便さではおそらく上を行っていたのではないでしょうか。
いずれにしても「出来島・大和田から十三へは公共交通機関では行きづらい。それは40年くらい見てきたけれど全然良くならない」ということになります。

張り紙があったのでそれも撮ってます。
写真のEXIFデータから撮影は2016年2月と判明しました。
夜に撮ったせいかちょっと怖い雰囲気になっています。

「当バス停留所廃止のお知らせ
平成26年3月31日(月)の運行終了後、
当バス停留所は廃止しました。
長らくのご利用ありがとうございました。
平成26年4月 大阪市交通局」
と張り紙には書いてあります。

ということは2014年(平成26年)に廃止になってからちょうど2年経ってから撤去工事になったということです。
福町行きのバス停を撤去している工事の様子を撮りました。

上の写真の場所です。テントが撤去された後です。反対側の十三方面行き(もう行くバスはないのですが)のはまだ残っています。これから間もなく同様に撤去されたはずです。

同じ場所です。帰ってくる時にはここでバスを降りて歩道橋を渡り家までの道を歩いていました。

同時期に「大和田四丁目」のひとつ福町よりの「大和田六丁目」と「大野」(淀川通り)のバス停も廃止になっています。

マルモット新聞36号に掲載されました

前代表(森田三郎)がマルモット新聞36号(平成25年11月号)に掲載していただいたことを書いていなかったのにごく最近気づきました。
ウェブサイトをリニューアルしてからも一か月が経ち、本当に遅ればせながらで申し訳ないのですが、あらためて当サイトにてお知らせいたします。

発行元の株式会社マルモット多田社長にはいつもお世話になっております。

ちなみに「紹介してくださったメディア様」にも記載しております。

大和田小学校「大和田ワクワク広場」横断幕

大阪市立大和田小学校の校庭に横断幕を製作施工したことについて書きます。

昨年暮れ頃、地元大和田小学校PTAの方からお問い合わせがありました。
「児童の手により芝生を植えた場所がいよいよ完成し、その場所に名前をつけたのでそれを看板にしたい」というの内容です。児童間で公募をし、その結果決まった名称は「大和田ワクワク広場」とのこと。
校内に許可を得て入り現場を見たところ、看板設置よりもネットに横断幕の方が適しているであろうと考えたのでその旨を伝えました。
看板を取付ることは勿論出来るのですが、安全面と費用対大きさの2点で横断幕に分があり、横断幕に決まりました。
図案を起こして提案し、承認を得て製作を始めました。
出来上がった横断幕はシンプルなものです。
このような図案でご提案していました。

そして取付工事の前にまたPTAの方からご相談があり、「全校朝会で除幕式をしたいという意見がありますが対応可能ですか」ということでした。
うれしいではないですか。当店製作の横断幕で除幕式をしてくれるのです。
看板屋になって良かった。
幕は先方で用意してもらうことで快諾し、取り付けをしました。

横断幕を張り、それを除幕式用の幕で覆いました。

取付けは週末で、週明けの月曜日に除幕式がありました。ヒモを持って除幕しているのが命名した児童でしょう。
「大和田ワクワク広場」。とてもよい名前です。

大阪市立大和田小学校ホームページ 全校朝会 除幕式」(外部リンク)

横断幕の除幕式というちょっと珍しい行事に看板屋の仕事で関われたことで少し得意になっています。

上の写真は全て大和田小学校PTAのご担当者様からいただきました。
ありがとうございます。

出来島にかつてあった喫茶店

看板とは全然関係のない、ものすごくローカルな話題です。地元の人にしかわからないネタですので最初におことわりしておきます。
現在営業されている喫茶店のことではなく、出来島にあった今はもうない喫茶店のこと。
昭和40年代の西淀川区出来島町あたりのお店」に書いたこととは重複しないはずです。

1丁目にあった「ノア」は自宅から近いこともあって近所に住む友人らと比較的よく利用しました。
「ドンキーコング」などのテーブルゲームがあったはず。女性が経営していました。

同じく1丁目にあった駅前と言うか駅横の「司」は、派手さはないもののコーヒがおいしくてファンが多い店でした。
地元の友人と昔の話をすると結構な確率で話題に上るお店です。コーヒにはピーナッツが突き出しで出てきたような記憶があります。

1丁目では「ぶるーめん」も駅の近くでした。私はあまり行かなかったのですが、自宅近くの男性が働いていらっしゃったような気がします。

2丁目の若杉診療所のすぐそばにあった「ポッポ」は今でも当店のお客さんにファンだった方が多くて、関係者ではないのですが私も同意見なのでうれしくなります。
店内にはジュークボックスがありました。
「ポッポ」のマッチを以前持っていて写真に残していたのでアップします。裏表あります。

同じく2丁目の「アポロ」。出来島郵便局近くのカドにありました。
いつ頃まで営業されていたのでしょうか。平成2年に一度利用した記憶があります。今は5階建てのマンションになっています。

「アポロ」の向かいに「サン」という名の喫茶店があったと思うのですが、ほとんど行ったことがなかったのであやふやです。

以上、出来島のオッサンホイホイネタでした。

尼崎市のこと

看板とは直接関係のないことを書きます。西淀川区のネタです。

当店のある大阪市西淀川区は兵庫県尼崎市に隣接しています。阪神なんば線出来島駅から神戸方面の電車に乗ると次の駅が「大物(だいもつ)」で、この駅は尼崎市にあります。
「大物」の次が「尼崎」で、この尼崎駅近辺にはアーケードのある商店街がありけっこうにぎやかな街です。
飲み屋さんも多く、夜にネオン街を見ると一種壮観に思う時があります。あくまでも地元西淀川と比べての話ですが。

2015年に出来島小学校の同期会を地元住まいの連中と企画し、8月のお盆休みに先生方をお呼びして尼崎市内の比較的大きな居酒屋で行いました。
どうして地元出来島でしなかったのかというと、同期会を行うのにたとえば50人入れるお店がなかなか出来島近辺にないからなのでした。
それが尼崎まで「出れば」簡単に見つかります。
2次会も尼崎の同期生が経営しているカラオケ店で行うなど、とても便利なのでした。
阪神電車は特急も停車するので、遠方から来ていただく恩師にも、地元出来島でするよりも声をかけやすいということがありました。
(「阪神電車なんば線出来島駅から梅田に行く時」で出来島駅から尼崎に出ることを書いています)

西淀川区でも、阪神なんば線、特に出来島駅利用者に限っては「尼崎市に引っ張られる」度合いが大きかったです。
それは先に書いた大勢で飲食する店というのもありますし、ちょっとだけ大きな本屋さんや、図書館や大きな病院という暮らしに必要な施設が西淀川区にあるそれらよりもっと便利なものがあることが多かったというのがその理由です。
それでも昔はともかく、今では西淀川図書館も新しくなって蔵書も増え大変便利になり、県立尼崎病院(大物にありました)が移転して少々行きづらくなったのと前後して福駅前に千船病院が移ってきたので大きな病院はとりあえず確保されています。

しかし50人入れるお店はなかなかない。
こればかりは仕方ないのでしょうが、また同期会をすることがあれば今度は地元出来島あたりで行いたいと思います。

ちなみに神戸本面へクルマで仕事に行き、阪神高速ではなく国道43号線で帰って来る際、阪神大物駅(尼崎市)からそう遠くない「東本町」あたりまで来ると、私は「帰ってきたな」と感じます。
「東本町」の先を右へ大きくカーブしながら坂道を登ると左門殿川を越えて佃町(大阪市西淀川区)に入るのです。
まだ尼崎なのに帰ってきたと感じる。
そう、私にとっては尼崎市も地元という印象です。

「住まいのおたすけ隊」看板

株式会社山電様から注文をいただいた平看板です。
今朝、当店の小さな作業場で完成し表に運び出したところを撮りました。移転後店内で製作した看板の中で最も短辺が長い平看板となりました。

短辺である高さが160センチ余りあるので当店の軽ワゴン車では到底運べませんが、心配は無用なのです。
納品先は徒歩で十分行ける距離(50メートルほど!)なので手で運んで納品しました。
取付はお客さんの方でなさるそうです。

楽しいイラストが描かれた看板なのですが、手書きではありません。
塩ビシートにインクジェットプリントしたものをアルミ複合板に貼っています。
「住まいのおたすけ隊」看板はイラストがとても可愛らしく、特に楽しんで仕事をさせてもらいました。
山電様、ありがとうございました。

「平成27年度西淀川区優良店舗として表彰された店舗を紹介します」で紹介されました

大阪市西淀川区のウェブサイトの「平成27年度西淀川区優良店舗として表彰された店舗を紹介します」で紹介していただきましたので引用します。

平成27年度西淀川区優良店舗として表彰された店舗を紹介します
2017年12月28日

ページ番号:340468

優良店舗表彰式で受賞された3店舗を紹介!!
西淀川区商店振興協議会が実施した優良店舗表彰式で受賞された3店舗を紹介します!!

区長賞
黒字看板【出来島商店会】
住所:大阪市西淀川区出来島2-3-32

電話:06-6474-5686
黒字看板の写真
(後略)

表彰されたのはちょうど2年前の今日、2016年1月28日でした。
不鮮明な写真で申し訳ありません。

当店は看板屋ですが現在「出来島商店会」に所属しております。

実は現在の出来島に移る前の大和田時代からの所属で、それは商店会の会長をゆうせい薬局の小西社長がやっている時に話は遡ります。
小西会長(当時)が、出来島町に隣接しているとはいえ(道路一本を隔てて大和田6丁目に旧店舗はありました)地理上は大和田にある店舗であるということで大和田の商店会の方と話をして下さる等、当店が出来島商店会に入会出来るよう大変ご尽力下さいました。そのおかげで当店としては非常にスムーズに入会に至ることが出来たのです。
特に当店から願い出たのではなく、最初は「入会出来なくても仕方ないか」くらいに思っていたことが今となっては大変恥ずかしいことであります。

ちなみに現在の会長はげんじ商店の社長です。

阪神電車なんば線出来島駅から梅田に行く時

また地元出来島の話で恐縮です。
看板とは全然関係のない話ですのであらかじめお断りしておきます。

当店最寄りの駅である阪神電車なんば線出来島駅から梅田駅(JR大阪)に行く際、通常は一旦尼崎駅まで出て阪神本線に乗り換えるという方法を採ります。
現在は「なんば線」と呼ばれますが、難波までの延伸前は「西大阪線」でした。「西大阪線」は尼崎と西九条を往復する支線だったのです。
一旦兵庫県の尼崎駅へ出る、つまり府外へ出るということをしないと出来島駅、福駅沿線住民は梅田へ行けないのです。
もちろん西九条でJRに乗り換えるという方法はあります。
しかし運賃が割高になるせいか、また時間的な有利さが料金に見合わないと感じるせいか、どうしても出来島からは尼崎経由で行ってしまいます。
安くてそこそこ速い。乗り換えが苦にならない。改札を通る必要はないのです。思い出しましたが、西九条での乗り換えは健常者でも少しつらいものがありました。階段がたくさんあったのです。今はちょっとわかりませんが。

出来島駅に限らず隣の(西九条寄りの)福駅から乗車する人もそうであるのは中学の同級生で福駅を利用する人がいる為知っていました。
ところが淀川を超えた次の駅、「伝法」駅からも同様の方法で梅田に行く人がいることを成人してから知りました。
どうやら通学定期を利用する人らしく、おそらくは高校生なのでしょう、此花区の伝法から尼崎まで西大阪線(当時)に乗り、尼崎で乗り換えて梅田に行くひとが結構いたようです。実際にそういう利用の仕方をする人から聞いたのではないのですが(福駅の酒屋さんで聞きました)、ありうることだろうとその時には感じました。当時はJRではなく国鉄でサービスもよくなかったとか、阪神の方がかなり通学定期の割引率が高いとかがあったのでしょうか。乗り換え時の連絡について阪神はとてもよかったはずですが。
それにしても淀川を2回超えて梅田に行く。淀川だけでなく神崎川と左門殿川も2回。尼崎市の庄下川も(しつこいですね)。
淀川はともかく、神崎川・左門殿川を出来島駅利用者は毎日2度超えて梅田に行きます。それが普通なのです。

同じようなところはおそらく日本中いたるところにあるのだと思いますが、
同じ県内の移動でも、一旦県外に出た方が早いもしくは安いというルートの例を挙げて下さい。」というYahoo!知恵袋の質問がありました。
ベストアンサーに選ばれていたのが「滋賀県の琵琶湖線沿線~湖西線沿線。京都府の山科駅で乗り換えていくのがスムーズです」という回答でした。
実はこれは知っていました。確かにここは一旦県外に出た方が何かとスムーズにいく場所です。
この近辺で他にあるのかどうかわかりませんが、もしあるようでしたらまたここに書いてみたいと思います。

昭和40年代の西淀川区出来島町あたりのお店

思えば私が育った町(西淀川区出来島)にはいろんな商店がありました。
家のすぐ近くにパン屋を置いている駄菓子屋さん。散髪屋さん。
かき氷屋を兼ねた金魚屋さん。お米屋さん。
パーマ屋さんもありました。
そして大変お世話になったお風呂屋さん。
その隣に「ヤマザキ」のパンも売っている駄菓子屋も兼ねたたばこ屋さん。
友人の親戚がやっていたお好み焼き屋さん。
駄菓子屋兼パン屋さんは「デリカパン」「進々堂」「ヤマザキパン」ともう一軒ありましたが取扱いのメーカーを失念しました。ちなみに同級生の女の子の家がやっていました。
その中で「ヤマザキパン」のたばこ屋さん以外は皆廃業されました。たばこ屋さんは現在も営業されているのですが、パンの取扱いをやめて随分経ちます。
かき氷屋を兼ねた金魚屋さんもお米屋さんもパーマ屋さんも廃業され、お風呂屋さんも数年前に営業をやめられました。
たばこ屋さんの他に昔から残っているのは散髪屋さんとお好み焼き屋さんくらいです。

以上、子供の頃に住んでいた家のあった場所から今の店までの一本道沿いにかつてあった商店のことを書きました。
小規模なお店がほとんどでした。
いろんな事情で廃業されたのでしょうが、それは時代が変わってきたことも大きく関係しているはずです。
パン屋さんがなくなった背景にはスーパーマーケットの進出もあったのでしょう。そのスーパーよりさらに大きなスーパーが出来て最初のスーパーが衰退していったこと。
そしてさらにそれを上回る大きなスーパーというものも地元の人たちは見てきました。
現在は「ライフ出来島店」があり、またコンビニも出来たのでたいていの買い物はそこで済んでしまいます。

出来島はかつて2丁目に公設市場があり、そこで買い物をする人も多かったはずです。
大和田5丁目に「大船市場」という市場があり、私の母は「大船派」でした。現在大和田保育所のある場所の前です。
また、「大和田市場」というのが大和田4丁目、現在の尼崎信用金庫西淀支店に隣接する場所にあって、規模はこちらのほうが大きかったようです。
どちらの市場もそばにいくつかの商店があり、今も数軒が営業されている様子を見ることで当時を偲ぶことが出来ます。

出来島には一軒だけ本屋さんがあり(確か三久書房という名でした)、私もよく通いましたが20年以上前にやめられたと思います。
本屋さんではありませんが、「ライフ」の3階に小規模ながら本の売り場があります。一時本売り場のない時期もあったようですが。

また、60レーンを誇るボーリング場「出来島ゴールデンボウル」がありました。
ボーリングが大変流行した時にオープンしたはずです。なくなってから随分経ちます。

出来島小学校の名札を買うのに「はりま」という文具店に行きました。
他にも学校指定の文具はここで購入すべしだったと思います。もうありません。

そろばん塾は「日下珠算道場」。私は小学3、4年の頃通っていました。
今でも覚えているのが「引けなくなったら還元法」という先生のお言葉です。
除算の格言のようなものだったようですが、どういう意味だったのでしょうか。さっぱり思い出せませんが。
「日下珠算道場」の流れをくむ「くさかそろばん教室」があった場所で今看板屋をやっているのは何かのご縁でしょう。

その「くさかそろばん教室」の前にこの場所にあったのが「玉井機工商会」。現在の大家さんです。
廃業された後この「くさかそろばん教室」に続き当黒字看板がお世話になっています。

「今はない商店」を中心に思いつくまま書いてしまいましたが、「○○が抜けてるのではないか!」とかのお叱りの言葉でも結構です。
ご意見お待ちしております。