大阪に十三市はありません

大阪に十三市はありません。でも「十三市民病院」という名の大阪市立病院があります。
大阪市淀川区十三という地名はものすごく広く知られているので、「十三市民病院」と聞いて「大阪には十三市っていう市があるんだ」と思い込む人はごく少ないのではないでしょうか。

大阪府吹田市に「目俵市民体育館」という吹田市立体育館があります。

そのすぐ近くを通る府道14号線に設置された案内板に「←目俵市民体育館」と書いてあり、これを最初に見た時には「目俵市ってあったかな?」と不思議に思ったものの、そこが吹田市であるのを知っているし、もともと目俵市という市が大阪にないことも知っていたので確認するために調べるとはなりませんでした。
しかし遠方から来た人の中には「大阪には目俵市ってあるのね」と思う人がいるかも知れません。

少し調べてみると、同様のケースが大阪にはたくさんあり、茨木市には福井市民体育館という名の(茨木市立)体育館があります。
茨木市立福井体育館ではイヤだったのですね。
体育館にどういう名前をつけようが、関係のない人間がどうこう言うことではありません。
でもややこしいよなあと感じます。
福井県の人が文句言ったりしないのかちょっとだけ気になります。
福井県福井市にあるのは「福井市体育館」のようです。

「おおひらき おおびらき」のその後

以前、と言っても10年も前なのですが、「日本語で書いている」に書いた記事『おおひらき おおびらき』を引用します。



大阪市福島区にある町名・交叉点名を記した看板です。
漢字表記は同じ「大開」ですが、交叉点に付けられた看板には「おおひらき」、 案内の看板には「おおびらき」とあります。
行政の管轄が違う為に表記ではなく読みが違っている珍しい例です。
実際大開に住んでいる人には「おおひらき派」が多いようです。

確かに10年前は「Ohiraki」と「Obiraki」の二重表記でしたが、遅くとも2014年4月には「Obiraki」と書かれた方が「Ohiraki」に変わっていました(googleストリートビューから。写真は2016年7月のものです)。

二重表記はよくないので統一されてよかったとは思いますが、「おおびらき派」が怒ったりしないのかが少しだけ気がかりです。

「㈱」(かっこかぶ)と組文字「㍿」

このページでは看板に書く「㈱」(かっこかぶ)と組文字「㍿」について記します。
縦書きは右から左へ』を参考に読んでいただくとよろしいかと思います。

いわゆる「前株」の株式会社の社名看板では、縦書きで表すのであれば

全部を同じ大きさで1行で書く(前株1)

「株式会社」を(やや)小さくして1行で書く(前株2)

「株式会社」を(やや)小さくして2行に分けて書く(前株3)

「株式会社」を㍿にして1行で書く(前株4)

「株式会社」を㈱にして1行で書く(前株5)

の5パターンが考えられると思います。

この中で最もバランスがよいと感じるのは、「前株2」または「前株4」です。
もちろん他の書き方で問題があるわけではありません。見た印象が上記2つがよいかなと感じるのです。
「前株1」はオーソドックスな書き方です。「株式会社」の下に来る文字が4字以上だとこちらでも構わないと考えます。ただ「株式会社」の下に来る文字がたとえば1文字だけになると、やはりもう少し考えた方がいいと思います。
「前株3」は下の字がもっと多い場合に採るべき書き方であるかなという印象です。
そして「前株5」は、社名の一部を省略しているというのがあり、あまりお勧めしない書き方です。ただこれで何か不都合があるのかと言えばそんなことはありません。

一方「後ろ株」の株式会社の社名看板では、同様に縦書きで表すのであれば

全部を同じ大きさで1行で書く(後ろ株1)

「株式会社」を(やや)小さくして1行で書く(後ろ株2)

「株式会社」を(やや)小さくして2行に分けて書く(後ろ株3)

「株式会社」を㍿にして1行で書く(後ろ株4)

「株式会社」を㈱にして1行で書く(後ろ株5)

最もいいなと思うのは「後ろ株1」です。株式会社の前に来る字が1、2文字だとこうは思わないかも知れませんが、3文字以上だとこの「後ろ株1」をお勧めしたいです。
そして次にいいなと感じるのが、「前株」で言ったこととまるきり矛盾してしまうのですが「後ろ株5」なのです。
確かに社名の一部を省略しているのですが、そのマイナス面を含めても「後ろ株1」を除いた他のいずれの書き方よりもよいような気がしています。
「後ろ株2」「後ろ株4」はどこか不安定な気がするので、私はあまりこの書き方では提案しないと思います。
また、「後ろ株3」は、「前株3」と同様に上の字が多い場合に時々採るであろう書き方であるという印象です。

それにしても「前株と後ろ株」と「㈱と㍿」で書き方・見え方の印象が随分変わるなと感じます。

シートの思い出

今日まで3日間、工事の応援に行っておりました。とりあえず今日で一旦おしまいです。
その片付けの際に床に敷いた長い養生シートを同業のサイン業者の方とふたりでたたんだのですが、その時に前代表である父のことを思い出しました。
サイン業者の方が私より年長でいらっしゃったこともあったのでしょう。

10年余りの間父と一緒に仕事をしてきました。
塗装の現場を片付ける時には、長い塗装用のシートを向かい合ってたたむのがいつものことでした。
ふたりが向かい合ってシートをたたむという何気ない作業ですが、実は父は祖父ととても似た作業を子どもの頃にしていたそうです。
祖父は京都で友禅職人をしており、いわゆる「洗い」という工程を堀川(まだ埋め立てられる前です)でするのですが、その際父を伴ってふたりで行っていたということです。
それはシートをふたりでたたむのと本当によく似た作業だったのでしょう。
前日に祖父から「三郎、明日は堀川で洗いや」と申し渡され、冬の日にはつらかったとのこと。
そのことも関連して思い出していました。

何度も何度も父と一緒にシートをたたんだはずですが、なぜかあまり息が合わず、もどかしい思いをすることもありました。
親子なのだからもっとうまくたためるのではないのかと感じていたからなのですが、親子とはいえやはり別の人間なのですからお互い相手の思ったとおりの動きが出来るとは限らないわけです。
でももうそれがないのかと思うと少しさびしい気がします。
ちょっと無理して現場に出てもらおうかなとも考えたりもします。

父の一家は1940年(昭和15年)の奢侈品等製造販売制限規則施工により京友禅でやっていくことが出来なくなったのが確定した為、その年の12月に京都市から大阪の茨木市へ引っ越しをしたのでした。1928年(昭和3年)5月生まれの父は当時小学校の卒業が間近だったので、茨木から京都まで列車で通うことを考え学校に申し出たのですが、あまりにも距離がありすぎるので学校としてはそれは安全面で責任が持てず認められないとなり、やむなく茨木市の小学校に転校し短い間ですがそこに通ったそうです。慣れ親しんだ京都の小学校で卒業の日を迎えたかっただろうと思うと少々可哀そうな気がします。

去年から延び延びになっているのですが、今度こそ暖かくなったら一緒に京都へ行こうと言っています。
やはり生家のあったあたりや子供の頃によく遊んだ御所や二条城のあたりに行ってみたいという希望があるようです。
そのこともまたここに書くことになるのでしょう。

Uターン禁止看板

「Uターン禁止」と書かれた看板があります。
主に駐車場の入り口等に、関係のない車両が入ってこないようにという目的で取り付けられる看板です。
当店の近くにもありましたので「Uターン禁止」について今日は書きます。

「監視カメラ
駐車場内での
Uターン禁止」
と書かれた看板の下に
「Uターン禁止」
と書かれた看板と、上下ダブルで取り付けられています。

自動車学校で教わるのは「転回禁止」ですが、「Uターン禁止」の方がよく使われて一般的なのでしょう。
私の場合、「Uターン」と聞くと車両がまさにUの字を描くように進路を変えるように感じられます。
一方「転回」では進路を反対に向けること全体を指し示すような印象を受けます。
「駐車場に無断で入場し方向を変えて出ていく。ただしそれはUターンではない」という方向転換も可能ではないのかなと少しだけ心配になったりします。
看板にすると
「Uターン禁止」

そして「転回禁止」

「転回禁止」は4字で済み、スペース的にはこちらが有利だと思います。
さらに「おたくの駐車場に入場し方向を変えて出ていったのは確かですが、あれはUターンではありませんでした」とか言う人に対抗出来そうな気がするのです。

一門(大相撲)の数え方

先日(2月2日)テレビのワイドショーを見ていたら大相撲のことを話していて、「一門」の数え方について変なことを言っているのを聴いたのでそのことを今日は書きます。

ちらっと見ただけで直ぐに出かけてしまい、どの番組かを覚えていないのですが、確か昼のワイドショーでした。
大相撲のことを話題にしていて、「一門」のことに言及していました。

Wikipediaから「一門」について引用します。
一門 (相撲)
大相撲では、相撲部屋の系統ごとに一門(いちもん)という人脈的派閥が存在する。

大相撲にそういう派閥のようなものがあるのは知っていましたが、それを数える際には「ひとつ」「ふたつ」ではいけないのでしょうか。
前後の言葉は失念しましたが「一門が全部で六つあります」という意味のことを言う際に、「六門」という表現をその放送で使っていました。
「大相撲では現在『一門』が六つあります」
そう言えばいいはずなのですが、その局アナの男性はなんと「六門」を使っていたのです。
「六門あります」
だったでしょうか。覚えていないのが残念ですが。

「一門」という概念は「一家」と似たところがあります。
同じ「一」を使った団体であり、強い結束があると思われるもの。
しかしこの「一」は他の団体とは足せません。
「A一家」と「B一家」を足して「二家」とは言えないのです。

同様に誰かの「一生」ともうひとり誰かの「一生」を足しても「二生」にはなりえません。

「一門」が二つあるから「二門」、六つあるから「六門」と、言いたくなる気持ちは分からないでもないです。
でもそこはきちんと「一門が六つあります」「六ある一門のうち」と言って欲しかったです。

交差点名標識「伝法」はDempoかDenpoか

大阪市此花区に伝法(でんぽう)という町があります。
阪神電車なんば線出来島駅から梅田に行く時」に書いた阪神なんば線伝法駅がある町です。
半年ほど前のある日、そのあたりをクルマで走っていて赤信号で止まった時にふと交差点名標識を見ると「伝法1東 Dempo 1 E」とありました。
「そうそう、『でんでん』と言う時には唇は合わさらないけれど、『でんぽう』と言おうとして『でん』で止めると唇は合わさる」
「好みで言うとやっぱりDempoかなあ。ヘボン式っていいよなあ」
とか考えていたのですが、「伝法4」の交差点に来ると、標識に「Denpo 4」とあります。
何かの間違いかと思い、帰宅してGoogleストリートビューで確認してみると、此花区伝法町内にある名前に「伝法」がつく交差点の標識は以下のとおりでした。
伝法1 Dempo 1
伝法4 Denpo 4
伝法6 Denpo 6
伝法大橋南詰 Denpoohashi minamizume
(参考)伝法大橋北詰(西淀川区福町) Denpoohashi kitazume

「伝法1東」と「伝法1」はDempoで、それ以外はDenpoです。
理由を考えてみたところ、「伝法1東」と「伝法1」の交差点は市道どうしの交差点で、他は国道43号線にある交差点であり、それぞれ管理する役所が違っていてたまたま表記法が異なっていたためDempoとDenpoが伝法町の交差点名標識に出現したのではないかな、という仮説に至りました。
こうなるとあの有名な町の交差点がどうなっているか調べずにはいられません(またGoogleストリートビューを利用しました)。

難波 Nanba(国道25号線)
難波西口 Nanbanishiguchi(国道25号線)
難波中 Nanba naka(国道25号線)
難波中1 Nanbanaka 1(国道25号線)
難波中2 Namba naka 2(市道どうし)

思ったとおり、「難波中2」以外は国道25号線にある交差点なのでNanba、「難波中2」は市道どうしの交差点なのでNambaなのでした。
これってもしかするとすごい発見なのかも、と思いましたが、ひとつ調査漏れがあって、

難波3丁目 Namba-3

というのがあり、この「難波3丁目」は国道25号線と市道が交差する交差点なので、本来「Nanba-3」とするべきところ、看板屋が間違えて「Namba-3」で製作・取付してしまい、間違えに気づかず今に至るのではないかというのが当時(半年前)の私の意見でした。

そして現在「難波」の表記は「Nanba」と「Namba」の混在状態にありますが、今後は全て「Nanba」に統一されていくことになるはずであるというのが今の私の意見です。

甥の結婚式

今日は神戸まで甥の結婚式に行ってきました。
ネクタイは普段全然しなくて、数えてみたら2年ぶりでした。たまにすると気分が変わっていいものではあります。
移動はJR。永年阪神沿線に住んでいたので神戸の中心部に行くのなら絶対阪神だったのですが、今は一応沿線に住んでいるJRを利用しました。
驚いたことに運賃が阪神電車よりも安い(JR御幣島~神戸:410円。阪神出来島~高速神戸:430円)。
JRの方がずっと高い印象だったので意外な感じがします。こんな時代が来るとは思いませんでした。
「こんな時代が来るとは」と言えば、阪神電車と阪急電車が同じ資本になるとは全く思いませんでしたけれども。

結婚式そのものは今風の結婚式そのままだったようで、お開きまではあっと言う間です。
私が若い頃と大きく違うなと感じたのは、やはり映像を駆使した華麗な演出でした。素晴らしいものです。

高校生の時に何度か当店に手伝いにきてくれたことがある甥は、友人らから「チャラ男」と呼ばれてましたが、どうして責任感がある大人の男性になっておりとてもうれしく感じました。
どうか二人末永くお幸せに。

出来島小学校の「来」の字

以前の店舗は大阪市西淀川区大和田にありました。現在は同区出来島2丁目です。
店の目の前には出来島小学校という大阪市立の小学校があります。
実は私の母校でもあるのですが、門のところにある石に彫った校名の字が学校で習う字と少し違っているです。

「出来島」の「来」が「耒」と似た形になっています。
小学校で習う字なので出来れば同じような字にして欲しかったという気もしますが、私が通っていた時(もう40年以上前です)からそこにある看板(?)なのでとても愛着を感じているのも事実です。
書くときにはこちらの方が絶対に速いので、自分で「出来島」と書く際にはこの字で書くことが多いです。
ただ普通に「来る」とかの場合だとこうは書きません。
おそらく「出来島」と書く時にだけ使う字です。
父(前代表)も同様にこの字しか使いませんでした。

右から左への横書き看板

縦書きは右から左へ」と同様、リニューアル前のサイトに書いていたのと同じ題の投稿です。
まず以前の文と画像をそのまま表示します。


最近では右から左へ横書きに書く看板は大変珍しくなりました。
ぱっと見て何が書いてあるのか分からない看板というのは、逆に内容をよく読んでもらえる看板でもあります。
古くて新しい手法であり、変体仮名、旧字、旧仮名遣い等と組み合わせれば、さらに効果が期待出来ます。
下のサンプル看板は、旧字と旧仮名遣いを使って「日米戰はゞ」と書いてあります。現在の文字と仮名遣いで書くと「日米戦わば」となります。
右から左への横書き看板「日米戰はゞ」


上は自分の書いた文章ですが、あらためて読んでみると無性に「右から左へ横書きに書く看板」を書いてみたくなってきました。

  • 変体仮名
  • 旧字
  • 旧かなづかい
  • 横書きで右から左へ書く
  • 手書き

上記の中、私自身経験があるのは「旧字」と「手書き」くらいです。他の条件は実際に製作していないのでこれからぜひ書いてみたいと考えております。

旧バナーこういうのは作ったりしていたのですが。

ちなみに「逆文作成ツール『右から君』」というフリーソフトを10年前から使わせてもらっています。

関連項目
変体仮名看板