「正チャンの冒險 劇評」(「朝ドラ『おちょやん』)

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ドラマの小道具として使用された新聞(記事)に関する短い記事です。

朝ドラ『おちょやん』第29回から。大正14年3月29日付の毎朝新聞の記事です。書かれている文字が90%以上読めますので書き出してみます。
朝ドラ『おちょやん』第29回から
朝ドラ『おちょやん』第29回から
朝ドラ『おちょやん』第29回から
京都三樂劇場朝ドラ『おちょやん』第29回から

芸術
京都三樂劇場
正チャンの冒險
劇評
西山忠義

今月二十八日、京都三樂劇場に
於て「正チャンの冒險」が千秋樂を
迎へた。新聞連載の漫畫が原作の
當公演は、子供を中心に人氣を集
め、滿員御禮の幕引きとなつた。筋
は正チャンが山賊に攫われた姫
を、小動物達と助け出す單純明觧
なものだつた。しかし、原作の世界
觀を忠實に再現したこの舞臺、登
場人物の正チャン、姫、山賊はもち
ろんリス、ネズミなどの小動物も
擬人化して現してゐた爲、大人も
十分に樂しめるものだつた。役者
は全員女優の山村千鳥一座、座長
の山村の出演は無かつたものの、
安定の芝居で劇場に笑いと感動を
屆けた。特筆すべきは主演の正
チャン、今回が初舞臺の新人女優、
荒削りだが見どころあり。以後の
彼女の出演には注目したい。
私が觀劇した日、終演後に親し
い関係者からこの狂言の話を聞く
ことが出来た。この狂言の最大の
見せ場は最終幕、正チャンが山賊
を諭し、共に冒險の旅に出る場面
だつたが、實は臺本とは異なる展
開だつたとのこと。本來は腰につ
けた短劍で山賊を成敗して幕とな
る芝居であったさうだが、初日の
際にその短劍を忘れてしまつた。
咄嗟の機轉で正チャンが山賊を諭
す芝居に變更したのださう。新人
女優ながら、天晴である。
山村千鳥一座と云へば「●●と
●●●」を始め古典由來の芝居を
主に上演する一座であつた。山村
千鳥の洗煉された舞と芝居、座員
達も稽古●が伺へる安定した芝居
が賣りであつたが、その熱氣はそ
のまま、子供相手と馬鹿にせず(情
熱)が注がれた「正チャンの冒險」
だつたと云へる。惜しむらくはこ
の中に山村千鳥の姿が無かつたこ
とだ。彼女の美しい身のこなしと
「正チャン」の●●●がどう交はる
のか、それも含め一座の今後に期
待が高まる。
話は●●●れるが、●●●●●
の間でニット帽が流行している。
私の子供なども御夛分に漏れず
ニット帽をせがんで來るので困っ
てゐたのだが、その原因がこの「正
チャン」だと云ふのだから驚きだ。
山村一座の「正チャン」に於ても主
演はニット帽をかぶっていた。ど
うやらこの帽子のことを近頃では
「正チャン帽」と呼び、大阪を中心
に夛數の正チャンが街を闊步して
いる。漫畫と侮るべからず、そこに
目を付けた山村一座は、やはり偉
かったのだ。
「正チャンの冒險」といふ狂言
は、私に新たな價値觀を與へてく
れた。芝居に「こうでなければ間違
い」よいうことは無い。誰もが目を
付けない、誰もが知っている事象、
それこそが新たな芝居、文化を生
み出すのだ。山村千鳥一座のみな
らず、今後どのやうな表現に巡り
会えるか、私の期待は全てに向い
たと云へる。