難和電鐵 杉川町驛(朝ドラ『カムカムエヴリバディ』)

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ドラマのロケ地に関する記事です。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第8回から。下宿している稔のもとへ行く為にヒロイン安子が降り立った駅です。15歳の安子が岡山からたった一人で大阪へ来たのでした。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第8回から「難和電鐵 杉川町驛」看板
駅の看板には、右から左への横書きで「難和電鐵なんわでんてつ 杉川町すぎかわちやう 驛」と書いてあります。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第8回から
(「すぎか」では?)

稔が通うのは大阪商科大学(=大阪市立大学の前身)ということなので、モデルとなった駅が現在のJR(当時は阪和電気鉄道)杉本町駅であるのは、大阪人ならずともお分かりになることでしょう。

「朝ドラで見たことのある駅だ」と感じた方も多いと思います。
「難和電鉄 杉川町駅」は、『まんぷく』(2018年度下半期)にあった「上郡驛(駅)」と同じ駅舎です(画像はいずれも第21回から)。
朝ドラ『まんぷく』第21回から
朝ドラ朝ドラ『まんぷく』第21回から
屋根の様子が随分異なっていますが、右手前にある蔵が全く同じなので、同じ駅舎だと判断してよいでしょう。

ロケ地は不明で、東映京都撮影所だという意見があったりしますが、詳しい場所が分かれば追記します。


追記です。
撮影場所は、やはり東映太秦映画村でした。
Googleストリートビュー画像で見てみるとよく分かります。奥にある「織」と白く書かれた暖簾のある建物が、駅舎としてつかわれたもの。探す為に目印にしたのは、手前の蔵でした。

Googleストリートビューは2017年4月撮影で、駅舎の屋根は『カムカムエヴリバディ』の杉川町駅と同じ。ということは、『まんぷく』で上郡駅として使われた際のトタン屋根は、戦時下であることを表現する為に、撮影時に限って設置されたのでしょう。

今回初めてストリートビューで京都撮影所へお邪魔しましたが、『カムカムエヴリバディ』で使われている他の場所も分かったりして、結構楽しませていただけました。

(2021年11月11日追記)


モデルとなった阪和電鉄(現JR西日本)杉本町駅はこちら。

大阪市立大学のすぐ近くで、大和川へも歩いて行けます。

「難和電鐵 杉川町驛」の張り紙、看板についてのマニア向け記事はこちらです(↓)。

ドラマの小道具として使用される張り紙に関する、マニア向けの濃い記事です。 昨日書いた【難和電鐵 杉川町驛】では、『カムカムエヴリバディ』で...

(2021年11月13日追記)


朝ドラ『まんぷく』と『カムカムエヴリバディ』で駅舎として使われたこの建物は、実は『おちょやん』にも「出演」していました。建物が別の場所から撮られたストリートビューのスクリーンショットです(2017年4月撮影)。暖簾は「織」の字。
東映太秦映画村

『おちょやん』では、「鶴亀映画 京都撮影所」の守衛室として使われていたのでした(『おちょやん』第22回から)。
ヒロイン・千代(演:杉咲花さん)の横で掃除をしているのは、守衛の守屋(渋谷天外さん)です。
朝ドラ『おちょやん』第22回から

(2021年11月17日追記)


本日放送された第22回でも杉川町駅が映っていました。ヒロイン安子が、娘のるいを連れて岡山を離れ大阪へやって来たのでした。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第22回から
最初に引用した第8回の画像を再掲します。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第8回から「難和電鐵 杉川町驛」看板比較してみると、自立式掲示板が新しく設置されているのが大きな変更点。掲示板には張り紙がいっぱいです。

稔が住んでいたのは大阪市住吉区杉川町3丁目8番地のおぐら荘ですが、モデルになった現在の杉本町3丁目は、そのほぼ全体が大阪市立大学の敷地になっています。画像は稔が安子から届いた手紙を手に取っているところ(第6回)。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第6回から

(2021年11月30日追記)


昭和23年(1948年)頃の杉川町駅の駅舎がちらっと映っている場面が第25回にありました。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第25回から
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第25回から
駅舎そのものは依然として変わらないようです。

ちなみに、『カムカムエヴリバディ』で駅そばにある郵便局は、『まんぷく』の世界では「齊藤醫院(医院)」でした(『まんぷく』第23回から)。
朝ドラ『まんぷく』第23回から
朝ドラ『まんぷく』第23回から
「齊藤医院」は、萬平が激しい腹痛を起こした際、ヒロイン福子(安藤サクラさん)が往診を依頼しに来た医療機関です。

(2021年12月3日追記)


『カムカムエヴリバディ』第8週でも「杉川町駅」が使われるようです(第8週予告編から)。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第35回から
「健心(丸)」の看板が確認出来るのですが、戦後設置された自立式掲示板がそのままあるのかどうか、この画像からは分かりません。
でも、何度も使われるこの駅舎、どこか気になりますね。

(2021年12月18日追記)


本放送第37回で「杉川町駅」が映っていました。昭和26年(1951年)という設定。安子は、行方が分からなくなった兄の算太を探しに大阪へ来たのでした。
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第37回から
駅の看板を見ると、「難和電鐵」から「難波電鉄」に鉄道会社の社名が変わっているのが分かります。横書きの駅名が左から右へ書くようになっていて、下に併記されているローマ字も時の流れを感じさせます。掲示板はそのままの状態でした。

こうなってくると、この駅はまだ数回使われそうな予感がするのですが、ヒロイン安子がつらい時ばかりに出て来るので、「杉川町駅」について良い印象を持てない人が多いのでは、と想像します。

(2021年12月21日追記)


『カムカムエヴリバディ』の放送が終了して数日が経ちました。
結果的に「杉川町駅」が出て来たのは、第37回放送の映像分が最後となっています。
このページの最初に「15歳の安子が岡山からたった一人で大阪へ来たのでした」と書いたのですが、娘のるいは小学校へ上がる時に一人で往復したのですから、驚くべきはるいの方でしょう。

そして、ドラマの中で駅のシーンはなかったものの、幼いるいは「杉川町駅」を利用したと考えるのが自然です。失意の中、一人で「杉川町駅」から岡山に帰っていったるいが実に可哀そうなわけです。

またこの駅舎が何かのドラマで―今度はつらい場面ではなくー使われることを期待したいです。

(2022年4月18日追記)