昭和40年代の西淀川区出来島町あたりのお店

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思えば私が育った町(西淀川区出来島)にはいろんな商店がありました。
家のすぐ近くにパンを置いている駄菓子屋さん。散髪屋さん。
かき氷屋を兼ねた金魚屋さん。お米屋さん。
パーマ屋さんもありました。
そして大変お世話になったお風呂屋さん。
その隣に「ヤマザキ」のパンも売っている駄菓子屋も兼ねたたばこ屋さん。
友人の親戚がやっていたお好み焼き屋さん。
駄菓子屋兼パン屋さんは「デリカパン」「進々堂」「ヤマザキパン」ともう一軒ありましたが取扱いのメーカーを失念しました。ちなみに同級生の女の子の家がやっていました。
その中で「ヤマザキパン」のたばこ屋さん以外は皆廃業されました。たばこ屋さんは現在も営業されているのですが、パンの取扱いをやめて随分経ちます。
かき氷屋を兼ねた金魚屋さんもお米屋さんもパーマ屋さんも廃業され、お風呂屋さんも数年前に営業をやめられました。
たばこ屋さんの他に昔から残っているのは散髪屋さんとお好み焼き屋さんくらいです。

以上、子供の頃に住んでいた家のあった場所から今の店までの一本道沿いにかつてあった商店のことを書きました。
小規模なお店がほとんどでした。
いろんな事情で廃業されたのでしょうが、それは時代が変わってきたことも少なからず関係しているはずです。
パン屋さんがなくなった背景にはスーパーマーケットの進出もあったのでしょう。そのスーパーよりさらに大きなスーパーが出来て最初のスーパーが衰退していったこと。
そしてさらにそれを上回る大きなスーパーというものも地元の人たちは見てきました。
現在は「ライフ出来島店」があり、またコンビニも出来たのでたいていの買い物はそこで済んでしまいます。

出来島はかつて2丁目に公設市場があり、そこで買い物をする人も多かったはずです。
大和田5丁目に「大船市場」という市場があり、私の母は「大船派」でした。現在大和田保育所のある場所の前です。
また、「大和田市場」というのが大和田4丁目、現在の尼崎信用金庫西淀支店に隣接する場所にあって、規模はこちらのほうが大きかったです。
どちらの市場もそばにいくつかの商店があり、今も数軒が営業されている様子を見ることで当時を偲ぶことが出来ます。

出来島には一軒だけ本屋さんがあり(確か三久書房という名でした)、私もよく通いましたが20年以上前にやめられました。
本屋さんではありませんが、「ライフ」の3階に小規模ながら本の売り場があります。一時本売り場のない時期もあったようですが。

また、60レーンを誇るボーリング場「出来島ゴールデンボウル」がありました。
ボーリングが大変流行した時にオープンしました。なくなってから随分経ちます。

出来島小学校の名札を買うのに「はりま」という文具店に行きました。
学校指定の文具はここで購入すべし、の文具店でした。もうありません。

そろばん塾は「日下珠算道場」。私は小学3、4年の頃通っていました。
今でも覚えているのが「引けなくなったら還元法」という先生のお言葉です。
除算の格言のようなものだったようですが、どういう意味だったのでしょうか。さっぱり思い出せませんが。
「日下珠算道場」の流れを汲む「くさかそろばん教室」があった場所で今看板屋をやっているのは何かのご縁でしょう。

その「くさかそろばん教室」の前にこの場所にあったのが「玉井機工商会」。現在の大家さんです。
廃業された後この「くさかそろばん教室」に続き当黒字看板がお世話になっています。

「今はない商店」を中心に思いつくまま書いてしまいましたが、「○○が抜けてるのではないか!」とかのお叱りの言葉でも結構です。
ご意見お待ちしております。

コメント

  1. アール より:

    昔公設市場の前にあったホルモン屋さんはどこに行ったんでしょうかね~あの味が忘れられません。。。

    • kuroji-kanban より:

      アール様
      コメントありがとうございます。

      ありましたね、ホルモンを焼いている屋台みたいなお店が。
      「世の中にはこんなうまい肉があったのか!?」というのが初めて食べた時の感想です。小学校低学年でした。
      爪楊枝がついていて食べやすかったです。
      また行きたいです。