ドラマで引用された名言に関する記事です。
画像は、朝ドラ『ちむどんどん』第90回から。暢子と和彦の結婚披露宴が「アッラ・フォンターナ」で開かれ、その際オーナーの房子(原田美枝子さん)が二人に向けて語ったニーチェの名言です。
『汝の立つ処深く掘れ、
そこに必ず泉あり』
フリードリヒ・ニーチェ
引用元は、おそらく『Die fröhliche Wissenschaft』(悦ばしき知識)で、その原文(ドイツ語)はこうなっています。
Unverzagt
Wo du stehst, grab tief hinein!
Drunten ist die Quelle!
Lass die dunklen Männer schrein:
“Stets ist drunten — Hölle!”
翻訳サービスサイトのDeepLを利用して訳すとこういう結果になりました。
不退転
自分の立ち位置は、深く掘り下げよう
下はスプリングです
闇の男たちに叫ばせよう。
“下はいつも地獄”
google翻訳。
臆することなく
あなたが立っている場所を深く掘り下げてください!
以下ソースです!
闇の者たちに叫ばせてください:
「それは常に下にある – 地獄だ!」
excite翻訳だとこうなりました。
収縮解除
あなたが立っているところでは、それを深く掘り下げてください!
階下がソースです!
闇の男たちに叫ばせよう。
「それはいつもダウンしている – 地獄!
原文のドイツ語はほとんど理解しておらず、実におこがましいのですが、“Quelle”(kwe·le)は「泉」、最後の“Hölle”(hö·le)が「地獄」で、作者のニーチェは、韻を踏むことで両者を対比させたのだろうと思われます。
ただ、房子が伝えたのは、あくまでも本文4行のうち先の2行(の訳文)だけなので、そこだけを切り取って言えば、確かに結婚式で新郎新婦に与える言葉としてふさわしいのだと思います。
ところで、マルクス・アウレリウスの『自省録』に
自分の内を見よ。内にこそ善の泉があり、この泉は君がたえず掘り下げさえすれば、たえず湧き出るであろう。
―岩波文庫 マルクス・アウレーリウス『自省録』第7巻59章(神谷美恵子訳)を引用
という文があり、内容的にはニーチェの「汝の立つ処深く掘れ、そこに必ず泉あり」とほぼ同じと言えるのではないかなと感じます。
博学のニーチェが、アウレリウスのこの言葉を知らずに『悦ばしき知識』で似た文を書いたとは思えないので、ここは「本歌取」をしたのではないのかなと、想像するわけです。
『自省録』のジョージ・ロングによる英訳(原文はギリシャ語らしいです)はこうです。
Look within. Within is the fountain of good, and it will ever bubble up, if thou wilt ever dig.
これをまたDeepLで日本語訳すると以下のように。
内を見よ。内には善の泉があり、汝が掘ろうと思えば、それはいつまでも湧き出る。
房子が伝えたニーチェの言葉と同内容と言えるでしょう。
「汝の立つ処深く掘れ、そこに必ず泉あり」という日本語訳は、文芸評論家の高山樗牛(1871-1902)によるとされるもので、片岡鶴太郎さん(『ちむどんどん』にもご出演。平良三郎役)の座右の銘であるとのことです。
(2022年8月13日追記)
信太正三氏による日本語訳を以下に引用します。
三
ひるまずに
お前の立つところを 深く掘り下げよ!
その下に 泉がある!
「下はいつも――地獄だ!」と叫ぶのは、
黒衣の隠者流に まかせよう。理想社発行「ニーチェ全集 第8巻」『悦ばしき知識』(信太正三訳)「たわむれ、たばかり、意趣ばらし」—ドイツ風の韻ふみによる序曲 から引用
(2022年8月16日追記)
追記します。
森一郎氏による『愉しい学問』(講談社学術文庫)ではこう訳されています。
3番 怯むことなく
おまえの立っているところ、そこを掘れ、地下深く。
その下にはきっと泉がある。
ぼんやりした連中には、ほざかせておけ、
「下にあるのはきまって地獄だ」と。『愉しい学問』森一郎訳(講談社学術文庫)「冗談、策略、復讐」ドイツ語の押韻による序曲 から引用
また、村井則夫氏の『喜ばしき知恵』 (河出文庫)では、このように翻訳されています。
三
尻込みせずに
君のいる場所を深く掘れ!
地下には泉があるからだ!
愚かな輩には言わせておこう
「地下にあるのは――地獄に決まっている!」と『喜ばしき知恵』村井則夫訳 (河出文庫)「戯れ、企み、意趣返し」――ドイツ語韻文の序曲 から引用
そして、英訳ではWalter Kaufmann氏によるものがよく知られているようです。
3
UndauntedWhere you stand, dig deep and pry!
Down there is the well.
Let the obscurantists cry:
“Down there’s only – hell!”『The Gay Science』Walter Kaufmann訳 から引用
“pry”と“cry”、“well”と“hell”が対になっていて、こういう点が出来ていないと西洋語どうしでは韻文を訳したことにならないのかな、と思ったりします。
CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS発行のCAMBRIDGE TEXTS IN THE HISTORY OF PHILOSOPHYの訳(↓)。
3. Undaunted
Where you stand, there dig deep!
Below you lies the well!
Let obscurantists wail and weep
‘Below is always – hell!’『The-Gay-Science-by-Friedrich-Nietzsche』から引用
この英訳では、“deep”と“weep”、“well”と“hell”が韻を踏んでいます。
こうなってくるとこの部分のイタリア語訳がどうなっているのか、知りたくなってきます。
探したところ、出て来たのはFerruccio Masini氏によるイタリア語訳。
3. Non scoraggiarti
Ovunque tu sia, scava fondo!
Là sotto è la sorgente!
Lascia che gridino gli uomini scuri:
≪Là sotto c’è sempre – inferno!≫.
さっぱり分からないので、またDeepLに英訳してもらいました。
3. Don’t get discouraged
Wherever you are, dig deep!
The bottom and the spring!
Let the dark men cry out:
≪Underneath there is always hell!≫.
3. 落ち込まないで
どこであろうと、深く掘り下げよう
底面とバネ!?
闇の男たちに叫ばせよう。
≪(渡真利)この下は地獄だぞ!
Ferruccio Masini氏によるイタリア語訳では“fontana”が使われていなくて、少しだけがっかりしたのですが、3つある日本語訳全てで「泉」と訳されていたので、どこかほっとしてしまいました。
いろいろ検索する中、Unverzagtについて考察したサイトがいくつかあったので、何かのご参考になればと(いずれも英文です)。
(2022年8月18日追記)
コメント
おいらも職人大工です
深く掘り下げて泉湧くなら、まだまだ遅くないかな⁉️
今まで暖めてきた。知識、もっと掘り下げて、必ずや泉迄到達してみせる。
きどかずひと 様
コメントありがとうございます。
私も昨年夏からこの言葉に随分助けられました。
これからも自分の足下を掘っていきます。