「神子田通」交差点

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大阪市福島区内にある交差点名標識の話です。

「神子田通」交差点(大阪市福島区内)のGoogleストリートビュー。

交差点名標識には、
「神子田通
Mikota Dori」
と書いてあります。

Wikipediaから引用します。

明治時代の学制発布に伴い、大阪府管内西成郡第三区三番小学校として1874年に開校した。その後上福島尋常小学校の名称を経て、神子田(みこた)尋常小学校と改称している。神子田は付近の当時の小字名であり、現在ではあみだ池筋にある交差点の名称に名残をとどめている。

Wikipedia『大阪市立上福島小学校』【沿革】から引用

現在この地に「神子田」の地名はなく、交差点名以外では、カタカナ表記の「ミコタ通商店街」に名残があるのみです。

交差点「神子田通」の由来は「ミコタ通商店街」で、さらに「ミコタ通商店街」はこの地の小字名「神子田」から。そして「神子田」の由来は何なのか。

戦国武将、豊臣秀吉の家臣に神子田正治という人がいて、この人が関係しているのではないかと考えたりします。

神子田正治は羽柴四天王の一人と呼ばれていたという話もあり、結構有名な武将だったのですね。

羽柴四天王は尾藤知宣、戸田勝隆、神子田正治、宮田光次の四人だそうですが徳川四天王比べてイマイチというかご本人には失礼ながらショボイというのが正直な感想です・・・。そもそもこの四人の選考理由ってなんでしょうか?また他に適した武将がいるならそれはどんなメンバーになると思いますか?