「前より上手に失敗することです」(サミュエル・ベケット/NHKドラマ『グレースの履歴』)

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ドラマで引用された名言に関する短い記事です。

NHKドラマ『グレースの履歴』(全8回・2023年3月19日~5月7日放送)第6回から。
羽田純哉(林遣都さん)が希久夫(滝藤賢一さん)に対して言ったセリフ。「まず踊れ 考えるのは それからだ」と同様に、純哉が読んでいる「珠玉の名言集」という書籍からの引用です。
NHKドラマ『グレースの履歴』第6回から
「失敗したらもう一度やってみればいい」
NHKドラマ『グレースの履歴』第6回から
「そしてまた失敗することです」
NHKドラマ『グレースの履歴』第6回から
「前より上手に失敗することです」

まとめて書くとこうなります。

失敗したら
もう一度やってみればいい
そしてまた
失敗することです
前より上手に
失敗することです

サミュエル・ベケットの“Worstward Ho” (1983年)という小説からの引用で、元の文(英語)はこうなっています。

All of old. Nothing else ever. Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.

原文と対比させると、初めの“All of old. Nothing else ever.”の箇所が除かれているのが分かります。

“Worstward Ho” が長島確氏によって訳された『いざ最悪の方へ』(書肆山田 1999年)から引用します。

昔からのすべて。他には何も。ずっとためされ。ずっと失敗され。構わない。またためす。また失敗する。もっとよく失敗する。

全く同じことが書かれているはずなのですが、印象が全く異なります。

ドラマのセリフの中にある言葉は、「前より上手に失敗することです」ととても優しく語りかけてくれるのですが、長島確氏による訳では、ちょっととっつきにくい感じ。

長島確氏訳の『いざ最悪の方へ』を全部読んでみたところ、該当の箇所だけではなく、ずっとこういう調子が続いているのでした。きっとこの訳がベケットの原文により忠実であるのだろうとは感じます。全体的に難解。

先に引用した『グレースの履歴』のセリフを再掲。

失敗したら
もう一度やってみればいい
そしてまた
失敗することです
前より上手に
失敗することです

この訳に対応する箇所のみを引用。

Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.

なんか。ものすごく。短いと。

ちなみに、“Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.”ではなくて、ちょっと違った英文のバージョンが複数ネット上にあります。

  • Always tried, always failed, no matter, try again, fail again, fail better.
  • Tried. Failed. No matter: Try again. Fail Again. Fail Better.
  • Never tried. Never failed.No matter. Try again. Fail Again.Fail better.
  • Every Tried. Every Failed. No Matter. Try Again. Fail Again. Fail Better.
  • Even tried. Even failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.
  • Already tried. Already failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.
  • Tried again. Failed again. No matter. Try again. Fail again. Fail better.
  • Keep trying. Despite failure. No matter. Try again. Fail again. Fail better.

なぜこんなにたくさん違った引用があるのか不思議ですが、英語から他の言語に翻訳された文が再度英語に訳される際にいろんなのが生まれたのかなと。

また、“Worstward Ho”の題についてWikipediaのフランス語版に説明がありました。Googleで日本語に訳した文章です(↓)。

原題のWorstward Hoは、チャールズ・キングズレーの作品タイトル「Westward Ho!」を元にしたもじりです。これは「視界の西」または「西へ向かう」と翻訳できます。「西方向」から「最悪方向」への変更により、英語で最悪を意味する最悪の語呂合わせが導入され、接尾辞-wardが方向の概念を与えます。

「Westward Ho」というフレーズは、シェイクスピアの『十二夜』III、1に登場します。

よく分かりませんが、なんとなく奥が深そうな感じ。

そして、ベケット本人ではなく、フルニエ(Édith Fournier)による仏訳。

D’essayé. De raté. N’importe. Essayer encore. Rater encore. Rater mieux.

Wikipediaによると仏訳はもうひとつあるそうです。

Déjà essayé. Déjà échoué. Peu importe. Essaie encore. Échoue encore. Échoue mieux.

引用ばっかりになってしまいました。

いずれにしても、

Try again. Fail again. Fail better.

は、いい言葉です。上手に失敗します。