「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」― ニーチェ

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ドラマで使用された名言に関する話です。

朝ドラ『ちむどんどん』第60回から。ヒロイン暢子(黒島結菜さん)と、特別な時にしか飲まないお酒(古酒くーす)を飲んでいるオーナーの房子(原田美枝子さん)です。「アッラ・フォンターナ」のオーナー室。
朝ドラ『ちむどんどん』第60回から
「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」というニーチェのことばを房子が引用したシーンです。

ドラマのことをほぼ切り離して、ここではこの名言の原文について書いていきます。

愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である。

の英文は、

 Love is more afraid of change than destruction.

だとして紹介しているサイトが実に多く、これ以外の文章は見つかりませんでした。また、ニーチェのことばであれば当然ドイツ語なのですが、私はドイツ語がほとんど分かりません。翻訳ツールを駆使していろいろ探してみたのですが、結局見つけられませんでした。

また、「ニーチェの名言ならば、本人の著作物に書かれているはずだ」と思い、引用として記されている書名が何なのかも探しましたが、当初は分からずじまいでした(ドイツ語ではなく英文の方ですが)。

「もしかすると違った英訳があるのかも」と、change(変化)とdestruction(破滅)をキーワードにして再度検索してみると、1件それらしき英文が出て来たのでした。

Love’s cruel notion. – Every great love brings with it the cruel idea of killing the object of that love, so that he may be removed once and for all from the wicked game of change: for love dreads change more than it does destruction.

翻訳サイトのDeepLを利用して訳した結果がこれです。

“愛の残酷な観念”。- 偉大な愛には、その愛の対象を殺すという残酷な考えがつきものです その恋の対象を殺すという残酷な観念を伴う。愛が破壊よりも変化を恐れるからである。破壊よりも変化を恐れるからだ。

一般的に知られていて、『ちむどんどん』でも引用された訳の「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」とは、最後の部分がほぼ同じなので、原文(ドイツ語ではなく英語なのですが)はこれで合っているでしょう。ニーチェの著作として非常に有名な『人間的な、あまりに人間的な』(独:Menschliches, Allzumenschliches / 英:Human, All Too Human)の中にある文章です。
前半も含めた文章だと、房子が引用したことばとは、ややニュアンスが異なるように思いますが。

ここまで来ると、ニーチェが書いた原文がどうなっているのか、ドイツ語は分からないのにもかかわらず知りたくなってきます。それはわりと簡単に見つかりました。

Jede große Liebe bringt den grausamen Gedanken mit sich, den Gegenstand der Liebe zu töten, damit er ein für allemal den frevelhaften Spiele des Frevels entrückt sei: denn vor dem Wechsel graut der Liebe mehr als vor der Vernichtung.

DeepLの独→英訳です。

Every great love brings with it the cruel thought of killing the object of love, so that it may once and for all be removed from the sacrilegious games of iniquity: for love dreads change more than destruction.

先に引用した英文と比較すると、冒頭のLove’s cruel notion.が足りないようですが、ここでは度外視します。

そして、肝心の独→日訳。

あらゆる偉大な愛は、愛の対象を殺すという残酷な思考をもたらす。

かなり短い結果になったので(意訳?)、Googleにも訳してもらいます。

すべての偉大な愛は、愛の対象を殺すという残酷な考えをもたらします。そのため、それは、とんでもない怒りのゲームから完全に取り除かれる可能性があります。愛の恐怖は、絶滅よりも変化します。

excite翻訳だとこうです。

すべての偉大な愛は、愛の対象を殺すという残酷な考えを伴い、それはそれが悪の邪悪なゲームから一度だけ携挙されるようにする:愛は絶滅よりも変化から恐れるからである。

「愛の対象を殺す」とかになると、実に物騒なことだと思わないでしょうか。房子が引用したニーチェの名言「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」は、もともとはこんな文章だったのかと、意外な結果に少し驚いています。

他に書いている人がいないようなので、書いてしまいました。


追記です。

日本語訳された『人間的な、あまりに人間的な』の該当する箇所を集めてみました。

二百八十

愛の残酷な思いつき、、、、、、、、、。――すべての偉大な愛は、相手が一思いに變化のけしからぬ戲れから引き離されてしまうように、愛の對象を殺そうという残酷な想念を伴つてくる、愛は變化に對しては破壞に對するよりもつと慄然とするからである。

新潮文庫『人間的な、あまりに人間的な 下巻』 第一部 さまざまな意見と箴言(一八七九)(阿部六郎譯・1958年2月25日発行)

二八〇

愛の残酷な思いつき、、、、、、、、、。――どの激しい愛にも、愛の対象を殺して、心変わりという不埒な戯れから絶対的に引き離そうという残酷な考えが伴っている。というのも、愛は無に帰すことよりも心変わりを いっそう恐れるからである。

白水社 ニーチェ全集 7『人間的な、あまりに人間的な(下)』第一部 さまざまな意見と箴言(手塚耕哉訳・1980年11月25日発行)

二八〇

愛の残忍な思いつき、、、、、、、、、。――激しい愛はすべて、愛の対象を殺して、それをけがらわしい心変わりの戯れから決然引き離してしまおうという残忍な考えを伴う。なぜなら、愛する心にとっては、破滅よりも変化のほうが恐ろしいからである。

ちくま学芸文庫 ニーチェ全集6『人間的、あまりに人間的Ⅱ』第一部 さまざまな意見と箴言(中島義生訳・1994年2月1日発行)

『ちむどんどん』のセリフで引用された「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」と同一の訳は、国内で出版された翻訳本では見つけられませんでした。この文はネット上でたくさん見ることが出来るのですが、誰による訳なのかは今のところ不明です。また、引用される複数のサイトで、書名『人間的な、あまりに人間的な』が入っているのは皆無でした。

もしかするとですが、英文で紹介されている

Love is more afraid of change than destruction.

を、誰かが日本語に訳したものが拡がっていったのかなと想像するのですが、確実なところは分かりません。
何か新しいことが分かればさらに追記します。

(2022年8月22日追記)