忘れられた女

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名言とされる文章に関する短い話です。

過去に引用したことのある寺山修司『ポケットに名言を』から、今回別の言葉の引用です。

死んだ女より
もっとかわいそうなのは
忘れられた女です

マリー・ローランサン「鎮静剤」

マリー・ローランサンはフランスの画家・彫刻家で、「鎮静剤」という詩は堀口大學の訳でよく知られているのですが、現在詩の最後の部分が、ネット上ではどういうわけかフローレンス・ナイチンゲールの言葉として扱われている場合があります。複数の人がナイチンゲールの名言だとして書いているのを見てると、間違っていないのかな、と心配になったりします。

ナイチンゲールが「死んだ女より もっとかわいそうなのは 忘れられた女です」と言わなかったという証拠はありません。専門家ではないので、「なんとなくナイチンゲールはそうは言わなさそう」という曖昧な印象しかなく、一概にこれは間違いだと決めつけるのには若干抵抗を感じます。
ですが、おそらく誰かが勘違いして引用したものが拡散されたのではないのかなと。

ちなみに、寺山修司が引用している

死んだ女より
もっとかわいそうなのは
忘れられた女です

は、もともと堀口大學の訳のはずで、実際はこうなってます。

退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。

悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。

不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。

病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。

捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。

よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。

追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。

死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。

堀口大學の訳では「もっと哀れなのは」なのを、寺山修司が「もっとかわいそうなのは」に変えて発表した『ポケットに名言を』の引用文が発端ではないのかな、というのが私の意見です。
寺山修司にも『ポケットに名言を』にも恨みはないけれど。