名言についての話です。
オーストリア・ウィーン出身の哲学者、ウィトゲンシュタイン(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン/Ludwig Josef Johann Wittgenstein)の『反哲学的断章』(丘沢静也氏 訳・青土社)に少し気になる文章があったので興味を持ちました。
以下に引用します。
わたしがよい文章をひとつ書きあげたとする。たまたまそれが、韻をふんだ二行からなる文章であるなら、その文章は失敗ということになるだろう。
1947
『反哲学的断章』ヴィトゲンシュタイン 丘沢静也 訳 青土社
「韻を踏んだらその文章は失敗」というのは、意外なことではないでしょうか。
ドイツ語の原文はこうなっています。
Wenn ich einen guten Satz geschrieben hätte, und durch Zufall wären es zwei reimende Zeilen, so wäre dies ein Fehler.
1947
“Vermischte Bemerkungen”
DeepLに上記原文を日本語訳してもらった文章(↓)。
いい文章を書いたのに、たまたま韻を踏んだ行が2行あったとしたら、それは間違いだ。
Google翻訳ではこうです。
もし私が良い文章を書いていて、偶然に韻を踏む行が 2 つあったとしたら、それは間違いです。
やはりウィトゲンシュタインは自分の書いた文章が韻を踏むことについて否定する意見を述べています。
「もしかすると偶然ではなく意図的に韻を踏むのは是としているのかも」と考えたのですが、ウィトゲンシュタインは同書で
わたしはほとんど韻文は書けない。
とも書いているので、基本的にウィトゲンシュタインは自身が韻を踏んで文章を書くことに否定的だったのだと思われます。
一方、同書には韻について書いた以下のような文があり、ウィトゲンシュタインは必ずしも「韻踏みはイヤ」というのではなかったのではないかとも思えるのです。「どっちかワカラン」という状態。
「休息」と「急ぎ」の語呂が合っているのは偶然である。だが幸福な偶然である。きみにはこの幸福な偶然が発見できるだろう。
1949
原文(↓)。「休息」(Rast)と「急ぎ」(Hast)が入っています。
Der Reim von ‘Rast’ mit ‘Hast’ ist ein Zufall. Aber ein glücklicher Zufall, und Du kannst diesen glücklichen Zufall entdecken.
そして、ドイツ語の「休息」(Rast)と「急ぎ」(Hast)が入っている文章と言えば、ゲーテ作のこちらの文が有名です。
Wie das Gestirn,
Ohne Hast,
Aber ohne Rast,
Drehe sich jeder
Um die eigne Last.
新潮文庫の『ゲーテ格言集』にも収録されているのでご存じの方もいらっしゃるかと。
星のように
急がず、
しかし休まず、
人はみな
おのが負いめのまわりをめぐれ!(「温順なクセーニエン」第二集から)『ゲーテ格言集』高橋健二 編訳 新潮文庫
こじつけみたいですが、内容的にニーチェの「汝の立つ処深く掘れ、そこに必ず泉あり」と似ているなと感じます。この件については別稿で書いてみたいと考えております。