「人生は闘争にして、闘争は短刀を意味す」(キップリング)

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名言に関する短い話です。

ジョゼフ・ラドヤード・キップリング(Joseph Rudyard Kipling/キプリング。イギリスの小説家、詩人)の名言とされるものに、

人生は闘争にして、闘争は短刀を意味す。

キップリング『フィッシャーの水夫宿の歌』

というのがあります。
文字通りの意味だと捉えるべきなのかもと思うものの、すんなりとは受け入れられない人も多いのではないかと考えます。本当に「人生=短刀」なのかと。物騒な表現でもあります。

で、「もしかすると元の文を見れば何か分かるのかも」と、探してみると

Since Life is strife, and strife means knife,

—The Ballad of Fisher’s Boarding House(Joseph Rudyard Kipling)

という英文が見つかりました。

「人生」「闘争」「短刀」の元になった英単語とそれらの発音記号です。
人生 life(láif)
闘争 strife(stráif)
短刀 knife(náif)

日本語に訳すと3語に共通の「音」はないのですが、元の英語は全部最後がáifなのでした。つまり韻を踏んでいる。英語で読むと、あるいは聴くと、「だからなのか」です。
「人生(ライフ)は闘争(ストライフ)にして、闘争は短刀(ナイフ)を意味す。」
と、カタカナで元の英単語も書いておくと、分かりやすいのかも。と言うか、日本語だけでこの文を読み、「まさにそうだ!」と心から納得出来るのかどうか、疑問に思います。

ただ、英文で発音してみると、韻を踏んでいるせいか、カッコいい(オッサンの表現ですみません)ような感じは確かにします。また、日本人が苦手とする(と言われる)lとrを使った似た言葉が使われていて、苦手克服に適した文章なのかも。

『フィッシャーの水夫宿の歌』(The Ballad of Fisher’s Boarding House)の韻(Rhyme)を調べた英文サイト(↓)。部分的に牽強付会っぽいなと感じますが。

That night, when through the mooring-chains The wide-eyed corpse rolled free, To blunder down by Garden Reach And rot at Kedgeree, The tale the Hughli told th...

そして、人生に闘争はつきものかも知れませんが、「人生=短刀」はやはり受け入れられないです。

ちなみに、「人生は闘争にして」で始まる別の名言に「人生は闘争にして、また過客の仮の宿なり」(マルクス・アウレリウス・アントニヌス)というのがあり、こちらの方がまだ共感出来るかなと思います。意味はあまりよく分かりませんが。


図書館で岩波書店から出ていた『キップリング詩集』(中村為治 選訳)を借りてきて、『フィッシャーの水夫宿の歌』の該当部分を確認してみたところ、なんと私が書いていたとおりにルビが振られていました。ビックリです。
旧字を新字に改めて引用します。

さてこの人生ライフ争闘ストライフにて、争闘ストライフ短刀ナイフを意味するなれば、
ハウラーより湾に到るまで、
又人は夜の明けぬ間に死ぬるやも計り知れざるものなれば
酒に浸りて真夜中よなか過さば、
さればフルタ フィッシャーの水夫宿やどやにては
恋せるうちに恋をする。

岩波書店 キップリング詩集『フィッシャーの水夫宿の歌』中村為治 選訳 から引用

ただし、もともとの表記は「闘争」ではなく、意味がほぼ同じである「争闘」になっていました。

キップリングの詩集は、この中村為治選訳以外では発刊されていないようで、おそらくここから引用(+改変)したのだろうと思われます。

ちなみに、『キップリング詩集』を今回大阪市立図書館から借りたのですが、その本というのが昭和15年発行の岩波文庫なのでした。
岩波書店『キップリング詩集』中村為治 選訳 昭和15年発行(大阪市立図書館)

本の内容にもちろん興味があったのですが、個人が大阪市に寄贈した本で、状態も悪くなく、本そのものにもいたく感動してしまいました。

(2022年12月1日追記)